3大地場産業 〜皮革〜

草加せんべい

草加の皮革産業は、草加せんべい、浴衣染めとともに草加を代表する地場産業の一つである。 昭和10年から14年頃、東京に近い地の利と、豊富な水源という好条件が伴い、東京・三河島方面からタンナー(皮なめし)が進出してきた事が始まりといわれている。 昭和30年代には全国4位の生産量を誇ったが、人口の増加、皮革製造に使用する薬品や匂いなどの問題が立ちふさがり、撤退が相次いだ。しかし現在は、草加市を中心に最終製品までを製造する皮革関連事業所が集まっている。
〜革の街 草加より〜

◆河合産業(かわいさんぎょう)株式会社

河合一典氏の妻・泉さん

河合一典氏の妻・泉さん

◇関東唯一の豚由来ゼラチン、コラーゲン原料の製造

河合産業は、主な業務として、豚皮をゼラチンやコラーゲンなどの食品加工や工業用に原料製造をしているが、近年は豚皮を特殊加工した「ポークルアー」なども製造している。
ちなみに、現在、関東でゼラチン・コラーゲン用の豚皮を扱う企業は河合産業のみである。ゼラチンは、ゼリーやグミなどのお菓子、タレやハムなどの食品用のゲル化剤や調味料原料、フィルムや印画紙などの原料としても用いられている。

河合産業は、昭和22年に東京都荒川区で故・河合武雄氏が創業し、昭和30年代に草加市に移転した。現社長の河合一典氏は、武雄氏の曾孫で同社の4代目。2人の兄弟と今回お話しを伺った一典氏の妻・泉さんとで同社を運営している。

コラーゲンの原料となる豚の原皮

コラーゲンの原料となる豚の原皮

原料化されたゼラチン

原料化されたゼラチン

◇食品や化粧品に欠かせないコラーゲン、ゼラチン

膠(にかわ)は動物のタンパク質を元にした接着剤で、古来より洋の東西を問わず使われてきた。バイオリンなどの伝統的な木製楽器の製造には欠かせないものであり、日本の膠は「和膠」といい、紙や木製品の接着剤や岩絵具など、さまざまな用途で利用されている。
一方、より高純度なゼラチンは、明治時代以降の洋食の伝来による食用原料や写真フィルム用の原料として20世紀に入り本格的に導入され、現在では医療用カプセル用としても広く普及している。

美容に良いとされるコラーゲンは、化粧品や健康食品などにも含まれるが、ゼラチンの原料でもある。コラーゲンそのものは水に溶けないが、アルカリや酸を使って可溶性に変え、温水で加熱変性させてタンパク質を抽出して、ゼラチンとなる。
大手フィルムメーカーでは、写真用フィルムにゼラチンを使っていたが、デジタルカメラの普及によって写真用フィルムでの用途は激減した。しかし現在ではフィルム製造のノウハウを活かした化粧品ブランドの原材料として使われるようになった。

床革

床革

コンテナの冷凍室

コンテナの冷凍室

◇原料確保への繊細な気配りが必要

河合産業で仕入れる原料は豚由来であるが、豚の原皮から床革(とこがわ)を採り、そこからさらにゼラチンやコラーゲンをつくる。
床革の鮮度にはこだわりがあり、墨田区にある原皮屋にほぼ毎朝、豚皮を仕入れに行くが、「生肉を扱う肉屋と同じ感覚」だという。
「床革は食べ物と同じです。常にフレッシュな状態でなければいけません。」
同革製品に使えないような小ぶりの豚皮や、穴の空いた豚皮が同社に運ばれて、これらの原皮から採取された床革は、巨大なコンテナの冷凍庫に保管され品質を維持している。

河合氏は毎日、養豚に関するニュースを厳しくチェックしている。国外貿易の行方も心配であるが、やはり一番心配なのは、原料となる豚の病気の流行だ。
「原料ありきの仕事です。原料がなくなると商売になりませんから。」
近年はPED(豚流行性下痢)が流行し、子豚がいなくなった。豚は生後半年で出荷可能な状態になるが、そこまで育たないのだ。そのため豚の価格は高騰し、常にシビアに経営環境を見ていく必要がある。

環境にやさしい豚皮で作られた疑似餌(ルアー)

環境にやさしい豚皮で作られた疑似餌(ルアー)

富富士山の手拭いと豚皮の疑似餌(ルアー)

富士山の手拭いと豚皮の疑似餌(ルアー)

◇特性を活かした可能性を追求

時代の移り変わりと共に、予想もしなかった需要が出ることもある。
河口湖、芦ノ湖、西湖はバス釣りを代表とするルアー釣りのメッカだが、釣り人が使用するプラスチックや合成素材できた疑似餌(ワーム)が分解されず、湖に残留、蓄積されて環境に悪影響を及ぼしてきた。そして、ついにはワームの使用が禁止されるようになった。
そこで注目されたのが、豚皮で作った「ポークルアー」だ。
ポークルアーは生分解性なので、湖に残留しても短期間で分解され、環境負荷が少ない。
バスプロやルアー、ワームのメーカーから製造の依頼があり、現在も1年を通して河口湖の釣具店で販売されている。

また、害獣に頭を痛める埼玉県内の業者から、駆除した鹿や猪の皮をどうにか使えないかという相談があり、害獣の皮を使った犬のガムを試作している。実験的な要素も多く、「これから充分なリサーチをしてからですね。」と、河合氏。
「想像もしなかった使われ方というものもあります。自分たちだけで開発するのは難しいかもしれませんが、アイデアを出してくれる人がいればおもしろい展開があるように思います。」

「彩鞄」のバッグ

「彩鞄」のバッグ

◇埼玉県の皮革製品プロジェクト「彩鞄」(saiho)

河合産業は、埼玉皮革関連事業協同組合の事務局でもある。
この組合では「彩鞄」という皮革製品のエコプロジェクトを立ち上げ、革に関わる13の企業・組合が参加している。
彩鞄エコプロジェクトでは、天然皮革を使い、排水や廃棄物処理が適切に管理された工場で製品を製造する。皮革材料には埼玉県内の武州和牛を使用。裏地やファスナーにいたるまで徹底したエコ仕様を追求している。
「草加市は、横のつながりが強いですね。」と、河合氏。
豚の床革の製造以外の分野でも、草加市の力を寄せ集めて、大きくしていきたいと語る。

作業場の全景

作業場の全景

河合産業(かわいさんぎょう)株式会社

【住所】
 〒340-0005 埼玉県草加市中根1-14-1
【電話】
 048-936-2267
【WEB】
 <彩鞄>
 http://soka-saiho.jp/

◆地球にやさしいランドセル エコランド(株式会社メシエ)

茂垣行信氏

茂垣行信氏

オリジナルブランドのエコランド

オリジナルブランドのエコランド

◇3代目につないだ革製品の製造業

株式会社メシエ(旧 茂垣商店 台東区千束)は、1933年(昭和8年)にベルト製造業として創業した。1970年(昭和45年)に茂垣隆生社長に代替わりをして、ランドセル、鞄、ハンドバッグの製造を開始。その後、自社ブランド「洗える馬革Jeans」の製造・販売などを行い、TV・雑誌にも取り上げられた。
現在は、アパレルブランドからの依頼でデザインから型紙を起こし、展示会用バッグなどのファーストサンプルを製作している。
サンプルづくりは、ただ依頼のままにつくるだけではない。デザイナーの意図をくみつつ、使いやすさも重視した細部の工夫を加えることにより匠の技が光る。

今回、家業として3代目にあたり、エコマーク認定のランドセル「エコランド」を製造・販売する茂垣行信氏にお話を伺った。

エコランドのランドセル(1)

エコランドのランドセル(1)

◇娘のために人に優しいランドセルを作ろうと思った

3代目の行信氏が革職人となったのは、2006年(平成18年)のこと。それまでは、食品会社で働くサラリーマンだった。娘の小学校入学前、「genten」という革製品ブランドに深い感銘を受け、人や環境に優しい革素材(エコレザー)でランドセルを作りたいと考えた。
「食品会社では商品開発から品質管理全般に携わっていました。そこで培った、安心で安全という考えを、エコランドというランドセルに持ち込んだのです。」
「物事をゼロから始めるには、相当の根性が必要。」と、茂垣氏。自分の娘のために、やり遂げようと思ったものの、2代目の隆生氏からは大反対された。

この皮から製品が作られる

この皮から製品が作られる

皮を使った小物製品

皮を使った小物製品

オリンピック体操選手の願掛けとメシエのお守り

オリンピック体操選手の願掛けとメシエのお守り

◇オリンピック選手へのお守り袋は、勝負に「やぶれない」革袋

茂垣氏が革職人になったのは、中国製品が出回り商売が細くなっていた頃。下請けのままでは自分たちは生き残れない。新製品を開発して、日本製にこだわったmade in japanブランドを立ち上げる必要性を強く感じていた。

茂垣氏が開発したもう1つの商品が、「革のお守り袋」だ。
「(勝負に)やぶれない」「(気持ちが)ピンとはる」の掛詞を説明すると、まず草加神社が扱ってくれた。年末の2週間で30体のお守り袋を納品すると、正月であっという間に完売した。
茂垣氏は草加市でインターネット放送局 草加元気放送局のメインMCをやっていて、「そこで宣伝ができたのがよかった。」ともいう。またケーブルテレビのJ:COMや地方紙 東武よみうり新聞などでも、毎年年末になると紹介をしてくれた。
2012年(平成24年)、体操の内村航平選手が当時在籍していたKONAMI(株式会社コナミスポーツ&ライフ)の体操選手たちが草加在住ということから、茂垣氏は必勝祈願に革のお守り袋をプレゼントした。するとその年のロンドンオリンピックで、内村選手が金メダルの表彰台に登り、団体でも銀メダルを獲得した。
また、2016年リオオリンピックでは、革のお守り袋 勝守をプレゼントし、見事、個人団体共に金メダルを獲得した。
これも大きな評判となり、現在、神社からの革のお守り袋の発注は毎年増え続けている。取材時も次の正月に向けて、10月初旬から生産を開始したという。

エコランドのランドセル(2)

エコランドのランドセル(2)

エコランドのランドセル(3)

エコランドのランドセル(3)

◇おじいちゃん、おばあちゃんに、ランドセルのお返しを

ランドセルの「エコランド」は、エコサム(ECOSOME)レザーを使用している。
エコサムレザーは、健康を損なう有害物質の濃度がなく、安全性に優れた皮革だ。焼却後の有害物質も抑制され、耐久性、防傷性、防水性にも優れている。
皮革製品として国内ではじめてのエコマーク認定を取得したのは、エコランドである。
保証期間は6年と長く、この期間に万が一故障があった場合、無料で修理してくれる(故意に壊してしまった場合などを除く)。
さらに、6年間使用したランドセルを再利用し、実用的なペンケースや眼鏡入れなどにリメイクするサービスも行っている(メシエ社で購入したランドセルに限り小物1点は無償)。
「ランドセルを買ってくれたおじいちゃん、おばあちゃんにお返しをするんです。小学校を卒業した孫からの贈り物だと、おじいちゃん、おばあちゃんたちは喜んでくれます。」
2017年度の新小学生は、およそ100万人。つまり、ランドセル業界は100万のパイの取り合いになる。その中で、エコランドは着実に業績を伸ばしている。

ディズニーとの製品作製の契約書

ディズニーとの製品作製の契約書

革で作ったオリジナルのウエストバッグ

革で作ったオリジナルのウエストバッグ

◇地域に根付くものづくりを

2代目は草加の小学校の授業などで革の動物作りを教えていて、毎年のレザーフェアでも子供を対象にしたワークショップを開く。3代目の行信氏も、ボランティアで草加市の若い子たちのバック作りに手を貸していて「将来は、この店をもっと人の集まる場所にしたい。」という。
「若い人たちは、革や銀を使ったファッション系の装飾を作りたがる傾向にあります。しかし、それで生活して行くのは本当に大変なことです。」
行信氏は「自分一人が満足すればいいという考えではなく、多くの人を巻き込んだ産業にしていきたい。」と将来の夢を語り、幼い頃に初代の茂垣三二氏の肩に乗せられ、浅草三社祭のお祭りを見ていた記憶をたどる。
「きっとその頃から、いつか地域に貢献しようと決めていたんでしょうね。」

メシエの店舗入口

メシエの店舗入口

株式会社メシエ
(地球にやさしいランドセル エコランド)


【住所】
 〒340-0055 草加市清門3-11-1
【電話】
 048-941-5681
【営業時間】
 10〜18時 ※来店時は事前の電話予約が必要
【WEB】
 http://www.ecorand.jp/

◆有限会社ウィズ

竹下淳一郎氏

竹下淳一郎氏

縫製作業場

縫製作業場

◇助け合い、そして努力し合う企業にしたい

ウィズは1990年(平成2年)に創業で、長年にわたり革製品のOEM(相手先ブランド製造)を行っている皮革製品メーカーだ。2012年に独自ブランド「Shion」(シオン)を立ち上げた同社の経緯や、独自ブランド、台頭する海外の競合などについて、同社代表取締役社長の竹下淳一郎氏にお話を伺った。

社名のウィズには、「with me, with you」などの意味があり、「小さい力でも手を取り合い、助け合い、そして努力し合うことにより、多くの幸せと楽しくて喜びのある製品を、私たちの手からお届けしたいと考えて、社名をつけました。」と竹下氏。
現在、社員は埼玉県内に30名。茨城工場に10名。さらに、ベトナム工場に25名がいる。「サンプルの大量発注があると、国内生産が追いつかなくなります。5年ほど前にベトナムに工場を作りました。
現在はOEMのほかに、オリジナルブランドの「Shion」(シオン)の事業も軌道に乗せるべく、力を注いでいる。

ウィズで作られた製品(1)

ウィズで作られた製品(1)

ウィズで作られた製品(2)

ウィズで作られた製品(2)

◇攻めのオリジナルブランド「Shion」

長年のOEM生産ビジネスで、ウィズは生産に関わるノウハウを培ってきた。その知見は、皮革の調達、高い縫製技術と納期短縮を可能にした生産ライン、高い完成度をキープする自社検品ラインなど多岐にわたる。
「Shion」は3万円台から9万円台のバッグや革小物を揃えるウィズの独自ブランド。名前の由来は「心温」で、手にしたときの安心と温もりが伝わるように願ってのことだ。

OEMは会社の事業の大きな柱であると共に自分達の意志の発表の場として、オリジナルブランドを成長させていきたいとそんな願いから生まれたのがShionです。
ウィズがOEM事業を大きく成長させている時期と重なったため、独自ブランドとしてすでに販売展開しているシオンだが、「まだ準備段階」だという。

打刻機

打刻機

製品棚

製品棚

◇台頭する中国製品との戦い

ウィズは、皮革小物、ナイロン素材のOEM製造を中心に事業展開してきたが、そもそも竹下社長が皮革業界に飛び込んだのは、1962年にタンナーだった義兄の手伝いをしたことからだった。
数年後、その義兄から「一緒に何かやらないか」と声がかかり、ボーリングバック、財布などの小物をOEM生産した。そして1990年に独立。

以来、26年間にわたり業績が伸び続けているようにも見えるウィズだが、幾度かの危機を経験している。
「7、8年前、急に仕事を取れなくなった時期がありました。最初は一時的なものだと思っていました。ところが2ヶ月、3ヶ月経っても、業績が戻らない。これまで製品を卸していた店に足を運ぶと、原因がわかりました。そこで扱っている製品は、中国製だらけになっていたのです。

竹下社長は、すぐに次の手を打たなければならなかった。「同じ中国を追いかけても意味がない」と考え、タイでの生産を開始した。タイにはタンナー(革づくりの会社)が多く、「安心して仕事を任せられる国」でもあった。
「しかし、お客様にタイ製品の良さをわかっていただくまで、1年間を費やしました。たくさんのサンプルを作り、辛抱強くお客様に説明し、ようやくタイ製品の品質の良さを理解してもらうことができました。」

縫製作業の道具

縫製作業の道具

生地のサンプル

生地のサンプル

◇品質こそが一番重要、そして次の一手を考える

近年、以前ほど「Made in China」が売れなくなり、マイナスイメージへの抜け道として「Made in PRC(People's Republic of China)」という表記も出てきたが、皮革業界では日本製品に客が戻ってきている。
「特に小物では、日本製の要望が高くなっています。品質こそが一番重要であることに、お客様、そしてつくり手である私たちも気がついたのです。安かろう、悪かろうでは、先に進みません。」
採算は厳しいが、パートと内職の方々の力を借りて、ウィズで日本製の灯を絶やさないようにと努力している。
「今、日本で工場をうまく回すことができれば、この業界で一歩二歩前進出来たと考えられます。」

中国製品の台頭で得た教訓は、「しっかりと自分の足元を見て、先を見ていないと時代の流れに乗り遅れてしまう。」という事です。
「つくって売るだけの仕事であってはいけない。常に次の一手を考え、会社を支える柱を1つでも多く持たなければなりません。」

製品の検品作業(1)

製品の検品作業(1)

製品の検品作業(2)

製品の検品作業(2)

◇難しい注文をやりとげたときの喜び

OEMで業績が上がるよう皆が頑張ったおかげで2014年に、埼玉県内に本社ビルを、そして茨城県に工場を建てた。
「しかし、業績を伸ばしているときに次の一手を考え実行すれば、やり方によっては、今後もっと成長できるはず。一社一社を大事にして共に成長する事が今後のウィズの目標です。それならなおのこと、しっかりした基盤を作らなければなりません。」

会社の発展に大切な事は、よい後継者と社員が上の目標に一丸となる事です。竹下社長は今の仕事に熱意と実行でチャレンジしていくつもりで「製品がお客様の手に渡り、喜んでもらえること。まずそれが第一です。次に、職人さんと協力し、納期までに良い物をつくり上げること。難しい注文をやりとげたときには、特に大きな満足感があります。」

ウィズのロゴマーク

ウィズのロゴマーク

有限会社ウィズ

【住所】
 〒340-0003 草加市稲荷1-4-13
【電話】
 048-969-4196
【WEB】
 <有限会社ウィズ>
 http://wiz-co.jp/
 <Shion(シオン)>
 https://www.facebook.com/shionleather

◆株式会社グリンタ / YUTA+WORKS

グリンタの佐々木護氏

佐々木護氏

グリンタの工場内

グリンタの工場内

◇リアルファーを支える日本有数の染色工場

ストールやコートのトリミングや、ダウンジャケットのフードの縁の部分につくファーなど、毛皮は機能性と装飾性を兼ね備えた冬の定番素材。自然の風合いのまま使われる毛皮もあるが、ファッションの世界ではデザイナーの希望に合わせた色に染められることも多い。

この毛皮の染色を日本全国の毛皮メーカーやアパレルメーカーから依頼されるのが、毛皮専門染色工場の株式会社グリンタである。
代表取締役の佐々木護氏は1950年(昭和25年)生まれ。もともとは獣医になろうと北海道大学に入ったが、畜産学科で毛皮染色の勉強をしたことから、大学卒業後に当時草加市にあった大手毛皮メーカーの工場で研究員として毛皮染色に本格的に関わる。
その後、工場移転がきっかけで小さな工場へ転職。現場の染色技術も習得し、毛皮の染色に特化して創業。1980年(昭和55年)にグリンタが誕生し、妻の悦子氏と二人で切り盛りを始める。

グリンタの佐々木勇太氏

佐々木勇太氏

グリンタの工場2F

グリンタの工場2F

◇世界でも数少ない染色加工技術

佐々木氏の工場では、単色はもちろん、プリント染めや多色染めなど、毛皮の染色加工のあらゆる注文に応える。染色を行う職人と、仕上げ担当である妻の悦子氏、長男の勇太氏もスタッフとして働いている。毛皮の染色は中国の加工製品が増え続けたが、日本で毛皮を染色する会社は減り続け、いまでは毛皮の多色染めができる日本で唯一の会社となっている。

佐々木氏は、かつて海外有名ブランドから依頼をされる機会があった。その要望は特殊で、ヨーロッパからアジアまで各国の染色加工会社で不可能と断られた技術的課題を佐々木氏はクリアしている。しかし、佐々木氏自身は「簡単ではないですが、できないというレベルではなかったです」。
社名のグリンタはイタリア語だが、調べると「やる気」や「勇気、ガッツ」などを表すようで、佐々木氏のチャレンジ精神を体現している。

グリンタの染色見本

染色見本

グリンタのファーの原料

ファーの原料

◇毛皮の染色の難しさ

佐々木氏にとっての染色の難しさは、「お客さんが希望する色を忠実に再現すること」。
同じブラックといっても、青みがかったり赤みがかったりと色の微細な違いが出て注文する側の好みもある。室内の明かりか自然光か、光の当たり方でも色味は異なるので何度も確認が必要である。

特に「昨年と同じ色で」と注文された時の色合わせは難しい。
染色のために持ち込まれる毛皮は、常に均質なものではない。元が動物の毛だけに、同じ種類でも毛の色艶に個体差もある。
「毛皮ではない素材の色を色見本にして、注文されることもある」と勇太氏。立体的に色が見える毛皮では難易度が高いが、最終的にはお客さんの主観とズレが生じないよう、単純な色だけではなく雰囲気も合うように配慮する。

染色で扱う毛皮はヨーロッパ、アメリカ、カナダ、中国などで養殖される動物の毛皮でなめされた状態のものが多い。
毛皮のクオリティはデンマークやフィンランドなどの北欧のものが良質であることが多い。少し南に下がって、ポーランドやロシアもよい。
セーブルやミンク、仔牛、キツネ、タヌキ、カシミア、ヤギ、ラム、ネズミなどさまざまな種類の毛皮が持ち込まれる。

グリンタのパドル

パドル

グリンタの乾燥室

乾燥室

グリンタのアイロン

アイロン

◇一般の染色とは異なる毛皮の染色

通常の繊維の染色では本来沸騰したお湯や蒸気で染色を行うが、毛皮の多くは60度の低温のお湯で染色する。
「低温」染色といっても60度のお湯に入ればやけどをするように、毛皮も縮んでしまうため、熱に耐えられるように、薬品を使って再なめしの下処理をする。

染料は、数ある染料から60度の温度で動物の毛に反応してしっかり染まるものを選び出している。さらに低温の30度で染まる天然の染料も用いるが、染まりやすい分、色落ちしやすい欠点もあるので染料を固着させる補助剤も用いる。
使える染料は限られても幅広い種類の色を出すことができる。しかしながら、色に流行りがあっても今も昔も毛皮で好まれる色はベーシックなものが多く、人の好みはそれほど大きく変わるものではない。

染色作業では、大きな羽が回転するパドルという機械に毛皮と染料を入れて数時間 撹拌(かくはん) すればだいたいの色は出てくる。
しかし、そこからが真剣勝負。
染色では一度濃く染まってしまえば後戻りはむずかしい。
そこで、ゴールとなる色の濃さよりも手前まで染めてから、染めを重ねて調整するので、一発で染め上がることは「絶対にない」。
乾燥させて色味を確認し、その後に何度も染めて微調整して理想の色に近づける作業を繰り返すと、染色部分だけで丸一日費やすことになる。

染色後には水洗いと脱水をして、乾燥室で一昼夜乾かす。冬はいいが夏場の室温は65度にもなるので灼熱の中での作業になる。
その後は、汚れを落として、シリンダーに櫛状の溝のついた特殊なアイロンで毛並みを揃えて、美しい色の毛皮に仕上げる。

この完成までの全工程で5日ほど。手間がかかれば10日ほどかかる。
佐々木氏たちがこれまでに染め上げてきた数は20万種類近くになり、記録のサンプルだけでも膨大な数がある。

YUTA+WORKSの製品-1

YUTA+WORKSの製品(1)

YUTA+WORKSの製品-2

YUTA+WORKSの製品(2)

◇リアルファー製品の企画開発を行う『YUTA+WORKS』

冬物を扱っているため、工場は4月から9月が繁忙期で、その後は春まで閑散期が続く。取材をしたのはまだ寒い時期だったが、冬の間を中心に、勇太氏と悦子氏が「YUTA+WORKS」(ユータワークス)というオリジナルのアクセサリーづくりの企画制作を行う。
作品はすべて二人の手づくり。バッグやマフラー、バッグチャームなどのアクセサリーをつくり、百貨店での催事や草加市の文化会館でも展示販売をしている。

この活動のきっかけは、「余った端切れの材料を廃棄業者に渡すのはもったいない」と悦子氏が自分で身につけるボンボンや袋を自分でつくりはじめたこと。お客さんに天然の毛皮に触れてもらい、身近なものにしてほしいという願いもある。
たまたま取材陣のコートのボアを遠くから 一瞥(いちべつ) して「それは天然もの」と口を揃えて指摘されたが、天然ものと人工ものでは、見る人が見れば艶の違いはすぐにわかる。
人工ものとは違い、天然ものの毛皮は水に濡れても乾燥すれば元の風合いに戻り、保温力もまったく違う。

このようなリアルファーの良さを伝える提案も含めて、2004年から制作活動を始め、2006年には草加市の「そうか革職人会」に加盟し活動を本格化。オーストラリアでサラブレッドの装蹄を学んだ経験もある勇太氏が革職人に技術を教わり、バッグや込み入ったつくりの作品もつくるようになった。

グリンタの佐々木悦子氏

佐々木悦子氏

グリンタの佐々木一家

佐々木一家

◇メーカー各社やアパレル業界の最後の砦

工場の今後については、「社内というよりも周囲の取引先から『2代目に早く技術を教えてほしい』という強い要望が出ています」と悦子氏。
佐々木氏が一時期病気になり完治したものの、以降は周囲から急かされることも増えてきた。たしかに、今後も日本国内で高度な染色加工を注文できるかどうかは日本の毛皮メーカーやアパレル業界にとって大きな懸案になる。
勇太氏も染色加工を本格的に覚えようというタイミングだそうだが、大きなプレッシャーや期待に気負うというよりも、落ち着いた様子で今後を考える。

佐々木氏いわく、「自身は注文通りの色ができた時や新しい課題をクリアすると満足するタイプだが、勇太氏はむしろそこから次につなげていくタイプ」。
勇太氏のほうが職人肌で、面倒くさがらずに丁寧にやるため、「(勇太氏から)もっと丁寧にやれと叱られることもある」と笑う。
現場の技術と経営も交えて、まさにこれから毛皮染色の伝承が始まっていく。

グリンタの工場入口

グリンタの工場入口

株式会社グリンタ

【住所】
 〒340-0033 埼玉県草加市柳島町564
【電話】
 048-928-8671

◆日東皮革(にっとうひかく)株式会社

大正3年に創業した日東皮革(にっとうひかく)は、浅草の老舗・宮本卯之助商店の分家である。今回は、3代目の宮本宗武氏に草加市における皮革の歴史や、今後の展望などについて語っていただいた。
宮本氏は昭和42年、日東皮革に入社。草加市における皮革産業が発展する中、平成6年に社長に就任した。

日東皮革の宮本宗武氏

宮本宗武氏

◇和楽器の伝統を守り続ける

日東皮革は和太鼓や鼓で使用する革の加工業者としてスタートした。宮本卯之助商店が商う和楽器では、「米ぬかなめし」という独自の処理が施される。米ぬかを入れた地面の穴の中で、牛や馬の皮を発酵させるというもの。少量の塩を足して、慎重に発酵を調整する。
米ぬかなめしによって脱毛した皮革は、油が繊維質と絡まり、一般的な方法でなめした皮革と比べて丈夫になる。和楽器での使用は、10年から15年は可能だという。

日東皮革の敷地内

日東皮革の敷地内

◇草加市に新天地を求めて

昭和10年に日東皮革はなめし皮革産業への進出を決め、浅草より移転した。草加市には広い土地と労働力があった。東京まで10キロ圏内であること、なめしに必要な軟水に恵まれていることも、条件にかなった。
明治以降、東京に製品を卸す皮革工場は三河島に集中し、飽和状態にあった。日東皮革の後を追うように、昭和14年までに多くの皮革工場が草加市に設立された。

日東皮革のなめし加工

なめし加工

◇様々ななめし加工

皮の腐敗を防ぐために、なめし加工が行われる。薬品によって動物の脂を除き、たんぱく質に変化させる。従来は、タンニンや動物の脳しょうが利用されてきた。近年ではクロムを利用することが多かったが、環境への配慮からタンニンに戻ってきている。
米ぬかなめしは和楽器の革を作る特殊加工。出来にばらつきが出るため、なめしと比較して2、3割のコスト高となる。しかし宮本卯之助商店の伝統を守るためには、代わりのきかない工程だ。

日東皮革の皮革の原料

皮革の原料

◇新興国の台頭

草加市の皮革業界は、戦後も順調に業績を伸ばした。しかしバブル崩壊後、低価格を売りにする製品の東南アジア諸国への対抗が難しくなっていた。国内で環境問題の規制が厳しくなると、さらに汚水処理にコストがかかり、なめし皮革では新興国には太刀打ちできない。全盛期には60社ほどあった草加市のなめし業者だが、3、4工場までに減少した。
日東皮革も、薬品を使用する従来のなめしからは撤退。現在は和楽器の革の加工と、生皮(きがわ)の輸出が主な業務となっている。馬の皮革については、近年、国産の農耕馬が市場から消えたことから、日東皮革では主に北米や欧州からの輸入に頼るようになった。

日東皮革の工場内-1

日東皮革の工場内(1)

日東皮革の工場内-2

日東皮革の工場内(2)

◇明日へつなぐ戦い

畜産の疫病におけるBSE問題では、風評被害が深刻だった。皮革の在庫はあるのに、消費者は国産製品を避け続けた。「とにかく売れない。こんな状況が半年以上も続いた」と、宮本氏。フィリピンへの輸出に、ようやく活路を見いだした。

「若者が魅力を感じる皮革業界にしてゆかなければ、未来はない」と、宮本氏は熱く、そして静かに語る。皮革の製造工場は消えていったものの、東京に近い利便性から、靴、バッグ、衣類など皮革製品全般を加工する会社が草加市に集まった。また武州和牛の登場により、埼玉ブランドを高めることにつながった。
宮本卯之助商店の伝統的な和太鼓や鼓では、雌牛の皮が使用されている。きめの粗い雄牛は敬遠される。しかし近年、アマチュアやセミプロの複雑な要求により雌牛よりも厚く堅い雄牛の皮が好まれることがあるという。

伝統をしっかりと守りつつ、時代の変化に柔軟に対応してゆく。「次世代にバトンを渡さなければならない」と決意する宮本氏。そうした理念のもと、平成14年にそうか革職人会が発足。草加市で皮革と共に生きる人々が、使命を担っている。

「靴などは同じサイズが表示されていても、メーカーによって大きさが違う。革製品は、実物を手にとって確かめてほしい」と、宮本氏。

日東皮革の工場入口

日東皮革の工場入口

日東皮革(にっとうひかく)株式会社

【住所】
 〒340-0017 埼玉県草加市吉町3-4-56
【電話】
 048-927-3521
【WEB】
 http://www.soka-kawa.com/group/data_nittou.htm

◆伊藤産業株式会社

伊藤産業株

伊藤産業は現在の達雄氏で3代目。
東京で革のタンナー(皮なめし)をやっていた祖父の清氏が草加に移り住み昭和27年に現在の場所で創業した。学校造りを専門にやっていた大工に工場を作ってもらい、その名残は現存する。「生まれた時から、皮工場だったよ」と達雄氏が語るように生活の基盤がそこにはあった。が、そのまま家業を継承するつもりはなく化学薬品の研究者としての道を模索していた。
ある日祖父からの1冊のノートを見せられて、家業に入ることを決心する。そのノートには皮に関する薬品、調合具合など書かれていた。
今までやってきたことがさらに活かされると思った瞬間だった。







伊藤産業株

羊のタンナーをメインとして現在は海外製品に影響を受けないオリジナルの伝統産業であり、環境に配慮した新しいモノづくりであるエコレザーを中心に取り組んでいる。常に使う人の気持ちを考えまた、お客様の要望に答える商品づくりに邁進している。モノづくりとして次の世代に受け継いでもらうために、草加を中心に皮革産業を広める活動をしている。また、レザークラフトなどの体験を通して子供達に皮がどういう物なのかを感じてもらいたいと思っている。







伊藤産業株

伊藤産業株式会社
<ホームページ>http://www.soka-kawa.com/group/data_itosangyo.htm(そうか革職人会HP)
<所在地>〒340-0022 埼玉県草加市瀬崎2-20-18
<電話> TEL:048-922-2575

◆鈴仙

鈴仙

爬虫類の皮『鰐』を中心に製品加工まで手がける有限会社鈴仙の社長鈴木功氏に話を伺った。
昭和39年、会社員をやめてモノづくりの世界に入った。
東京生まれ東京育ちだったのにもかかわらず、職人の住み込みから始めたのが草加だった。
牛革加工で3年、爬虫類皮加工で2年修行をする。その後独立し、昭和47年現在の鈴仙を立ち上げる。
独立した当時は牛加工の技術を取り入れながらデザイン的にも評価をもらい、多忙になる。その理由は爬虫類加工の親方が欧州で学んだ技術を鈴木自身継承したのが大きな要因でもあった。また、ワニの仕立て加工では右に出るモノもいなかった。なぜなら安価な海外製品が入ってきても最高の技術がそこにはあったからだ。







高瀬煎餅店

やがて草加の皮革をブランド化するためにASOKAの立ち上げに参画する。それは自分たちが共同で皮革関連事業をグループ化し、製品をゼロからクロージングまで受け持つようにするためのブランディングだった。
その後ASOBEというブランドも立ち上げる。草加には皮革関連事業所が多いため、改めて新しい団体「そうか革職人会」を作った。バッグ、タンナー、衣料、そして靴である。 それぞれが切磋琢磨しながら技術の継承や次世代への提言を含め活動している。
 草加は煎餅の街と言われるが実のところ革関連の事業所も数多い。将来は「革の街 そうか」として色々な方面にアピールして行ければと考えている。
 







高瀬煎餅店

有限会社鈴仙
<ホームページ>http://www.suzusen.co.jp
<オンラインショップ>http://www.suzusen.biz
<所在地>〒340-0001 埼玉県草加市原町3-9-12
<電話> TEL:048-942-3158