3大地場産業 〜草加せんべい〜

草加せんべい

「せんべい」と言えば草加と言われるほどに全国的に有名になった草加市ですが、古くから草加地方は「米どころ」といわれ、日本の「米」文化のなかで香ばしい味と香りが江戸の庶民に親しまれ、 今日の「草加せんべい」を生み出した要因だと言われております。 「草加せんべい」は江戸の昔、大名行列の頃、日光街道の草加の茶店で「おせん」というお婆さんが「おだんご」をつぶし乾燥させて焼き、 香ばしい醤油をつけたのが道行く人々の好みに合って広まったといわれております。
〜さいたま歴史探訪より〜

◆草加功栄堂本舗(そうかこうえいどうほんぽ)

先代の萩原功氏は、叔父が営んでいた加賀屋というせんべい屋で修行をして、その後、1960年(昭和35年)に「萩原米菓」というせんべい屋を開いた。
草加功栄堂本舗の設立は2005年。先代の名から社名を付けた。現在の店舗は、草加駅西口から徒歩1分で、地元の方も観光客も、足を踏み入れやすい立地にある。

お話しを伺ったのは、草加功栄堂本舗の2代目で現在社長を務める萩原昭仁氏。
草加功栄堂本舗は、「厚焼せんべい橘」(たちばな)が人気商品で、手焼きができない厚さのため、すべて機械で焼いている。
近年になると、食べやすい手焼きの薄いせんべいの需要も高くなっている。取材中には激辛の唐辛子せんべいなどが売れていったが、萩原氏は「(辛くて)私もなかなか食べられません。」

萩原昭仁氏

萩原昭仁氏

豊富なバリエーションのおせんべい

豊富なバリエーションのおせんべい

◇卸売から店舗販売へ

せんべい屋で生まれ育った萩原氏は、若い頃からいずれ自分も客商売をするだろうと考えていた。まず、御徒町の百貨店で2年ほど勤めた。その後、お茶屋さんに入社し、25歳で萩原社長は妻と共に実家に戻り、店を継ぐ準備を始める。他店で1ヶ月、先代の同級生が営むせんべい生地屋で1ヶ月の修行をする。このせんべい生地屋さんは沼口米菓で、現在も草加功栄堂本舗では沼口米菓から生地を仕入れている。

先代の時代は無店舗の卸売りが専門だった。1984年(昭和58年)に現在の場所に建物を購入し、1階に店舗を、2階には工場を構えた。2階の工場では、焼きからパッキングまでを行っている。
1回に焼くせんべいの枚数は、およそ1万枚。湿気を寄せ付けないように、30以上の茶箱に保管する。在庫がなくなってきたら、また焼く。
せんべい作りは夏場がたいへんだ。作業場は50度以上になり、夏の湿気はせんべいの大敵だからだ。毎年、夏が終わると、萩原社長はほっとするという。

卸売りは現在も続けている。イトーヨーカドーの錦町店と宮原店に卸す分は、お中元、お歳暮、お年賀にかなりの量が出る。このほか、草加市内の大手コンビニエンスストアにも卸売りをしている。

接客中の萩原氏

接客中の萩原氏

◇家族の力があったからこそ乗り越えられた

萩原社長が48歳の時、たいへんなことが起きた。脳出血を発症したのだ。命を取り留めたものの、術後は半身が麻痺した。このままではせんべいを焼けない。
萩原社長が広島県の著名なリハビリセンターで長いリハビリ生活を送る間、先代と妻、パートさんが草加功栄堂本舗を守った。そして萩原社長は回復。再びせんべいを焼くことができるようになった。
家族の力で倒れる前と同じ生活が戻った。今でも「包装がつらい。」とのことだが、みんなが助けてくれている。

秋の装飾を施した店内

秋の装飾を施した店内

◇様変わりした草加市の風景

草加市は、コンビニや大型スーパーマーケットができて、大きく様変わりした。そして、かつては50〜60店あるといわれた草加市のせんべい屋だが、現在残っているのは30数店。
「後継者問題が大きい。」と、萩原社長。かくいう草加功栄堂本舗でも、後継者は決まっていない。2人の子供たちは独立し、すでに自分の暮らしを持っている。
「はじめて草加市を訪れたというお客様から、『草加市は案外、せんべい屋が少ないんですね』という話をよく聞きます。確かに、4駅で30数店ではそう感じるかもしれません。」

草加功栄堂本舗の店内(1)

草加功栄堂本舗の店内(1)

草加功栄堂本舗の店内(2)

草加功栄堂本舗の店内(2)

◇日本橋から草加市までせんべい屋台のリヤカーを引く

萩原社長が加入している草加地区手焼煎餅協同組合には、青年会と親会がある。
1995年の24時間テレビでは、青年会で世界一のジャンボせんべいを焼いた。このとき、萩原社長は青年会の青年会長だった。「良い経験だった。」と、萩原社長は当時を振り返る。その後も青年会では、海外でせんべいを焼くなどのPR活動を続けている。
萩原社長が事業委員長だった2002年には、親会で「草加せんべいかおり旅」と称して、日本橋から1昼夜かけて徒歩でリヤカーを引いた。このリヤカーの名前は、「Shou You号」。せんべいを手焼きできる屋台に仕立てられた。「若いからこそできたイベントですね。」と、萩原社長。
こうしたチャレンジ精神は、今の草加市の若いせんべい職人にも引き継がれている。だからこそ、「草加市の将来?安心していますよ。みんな、励まし合いながら、がんばっていると思います。」と、萩原社長は温かい笑顔を見せる。

草加功栄堂本舗の店舗入口

草加功栄堂本舗の店舗入口

有限会社草加功栄堂本舗(そうかこうえいどうほんぽ)

【住所】
 〒340-0034 草加市氷川町2119-1
【電話】
 048-925-5875

◆春日堂(かすがどう)

田口保氏

田口保氏

人気の手焼煎餅

人気の手焼煎餅

◇昔ながらの味を守り続ける

同じ醤油味の草加せんべいであっても、店によって味に違いは出る。その中でも「春日堂の草加せんべいのタレは、独特。」と、春日堂の田口保社長。草加駅前にあるイトーヨーカドー店を訪ね、田口氏に春日堂のせんべいの特徴についてお話を伺った。

「塩味の強い味付けです。今風に多少薄くはなりましたが、基本的に昔の味を守り続けています。春日堂の草加せんべいは、いわゆる『誰にでも好まれる味』を目指してはいません。私は、7割のお客様が春日堂を支持してくれれば、それで良いと考えています。」
春日堂の草加せんべいは、昔ながらの醤油味が基本。生地は、機械で乾燥させたものではなく、天日干しを使用している。
「この生地からは、お日様のにおいが伝わってくる。例えるなら天然物と、養殖物の違いがあります。」

春日堂のお煎餅

春日堂のお煎餅

ハート型のお煎餅

ハート型のお煎餅

◇初代からすべてを受け継いだ

春日堂の創業は昭和30年代頭。社名は初代の故・田口春夫氏の名からとったものだ。初代はせんべい屋だった妻方の実家での修行の後、店を構えた。
初代が現社長の田口保氏に店を譲り、引退したのは10年ほど前のこと。そして初代の春夫氏は2016年(平成28年)に89歳で他界した。

2代目の田口氏が婿養子になり春日堂に入ったのは、昭和40年代の初頭。初代は「経営者は自分で動いては駄目。」という考えから仕事のすべてを田口氏に任せていたため、「結婚してから遊ばなくなった。」と田口氏。1971年(昭和46年)に春日堂が法人化され田口氏が店長になると、ますます多忙になっていった。

春日堂の店内(1)

春日堂の店内(1)

春日堂の店内(2)

春日堂の店内(2)

◇卸売りのむずかしさ

田口氏と先代との間で意見が対立したのが、せんべいの卸売りについてだった。
初代社長は、卸売りには反対だった。卸売りをすれば仲介者が入る分、せんべいの卸価格を下げなければならない。しかし、安く売るには、その分だけ質を落とすことになる。
それに納得できなかったのだ。
「初代社長はお金よりも、信用をとったのでしょう。でも、卸売りの引き合いは、たくさんありました。結局、初代社長を説得して大手コンビニエンスストアと取引することにしたのです。店舗との直接取引でしたので、安く買い叩かれることはありませんでした。」
こうして春日堂は、大手コンビニエンスストアの10店舗に卸売りを始めた。最初はとても忙しかった。しかし、卸売りは2年間で幕を引くことになる。初代が危惧したように、価格競争を強いられるようになり、撤退したのだった。

春日堂の店内(3)

春日堂の店内(3)

春日堂の店内(4)

春日堂の店内(4)

◇時代の変化にあわせて

春日堂には手焼きと機械焼きのせんべいがある。せんべいの手焼きは1人がタレをつけて、2人の職人が焼きを担当する。1日に生産できるのは、1千枚程度だ。
機械焼きでは1人がすべての行程を行い、1日に6〜7千枚を生産できる。近年では機械の性能も上がり、「クズ(商品にならない部分)を出さなくなった。」そうだ。
「機械焼きの普及により一時期は、手焼きができる職人が少なくなりました。しかし最近は、機械でつくるとかえって過剰生産になってしまう。このため、手焼きに戻っている店が出てきたと聞きますね。」

イトーヨーカドー店は、1992年のオープンで、当初は大きな売り上げがあった。「ところが、バブルがはじけてから細っていきました。」
その後、当初の売上になかなか戻らなかったこともあり、お客様のニーズに合わせて種類を豊富にした。
味噌やにんにく、からし、ざらめなどを開発。結婚披露宴などを想定し、ノベルティな「文字入り草加せんべい」を扱うようにもなった。
現在のお客様は高齢者が多いが、「若年層にも広がりを見せたい。」と、田口社長は語る。

ギフトセットも充実

ギフトセットも充実

◇そして3代目へ

田口社長には、3人の息子がいる。春日堂の3代目を継ごうとしているのは、次男の田口裕康氏。裕康氏は大学卒業と同時に、春日堂に入社。現在、イトーヨーカドー店は裕康氏が店長をしている。「春日堂の対外的なことも、すべて次男に任せている。次男(裕康氏)は、幼い頃から商売に向いた性格だと思っていた。」と、2代目は語る。
裕康氏は、2010年に草加せんべい振興協議会のメンバーとして訪米し、ニューヨークでせんべいを焼いた。2011年の東日本大震災では、被災地でせんべいを配った。さまざまな活動を通じて、日銭の商売だけでなく、将来の顧客や、草加市への観光客の獲得に向けたPR活動なども活発に行っている。

草加せんべいのキャラクター・パリポリくん

草加せんべいのキャラクター・パリポリくん

◇今の若い人たちは、昔よりもずっとしっかりしている

田口社長に草加市で働く若い人たちへのメッセージをお願いすると、「今の人たちは、自分の世代よりも、ずっとしっかりしています。だから、『がんばってください』くらいしか言えないかな。」と少し恥ずかしそうに言う。
草加市のせんべい屋は後継者問題が深刻で、かなりの数が廃業している。しかし、3代目のように将来を見据えながらがんばり続けている人たちも多い。再び草加せんべいが、新たなムーブメントになることに期待したい。

春日堂の店舗入口

春日堂の店舗入口

株式会社春日堂(かすがどう)

<北谷本店>
【住所】
 〒340-0046 埼玉県草加市北谷1-6-15
【電話】
 048-943-2848

<イトーヨーカドー店>
【住所】
 〒340-0015 埼玉県草加市高砂2-7-1 アコス南館1F
【電話】
 048-922-2465

<ホームページ>
 http://kasugado-senbei.com/

◆大馬屋(おんまや)

草加せんべいの老舗のひとつである大馬屋(おんまや)の鈴木弘道氏に、大馬屋とせんべいの今昔を語っていただいた。

大馬屋の鈴木弘道氏

鈴木弘道氏

大馬屋の鈴木弘道氏と三男

鈴木弘道氏と三男

◇「大馬屋」の屋号は江戸時代から

創業160年を越える大馬屋は、実はもともとせんべい屋ではなく、伝馬(でんま)という業者をとりまとめたことがその名前の由来である。伝馬とは宿場間をつなぐ馬を使ったタクシーのようなもので、千住宿から草加宿、草加宿から越谷宿というように、それぞれの宿場をつなぐ役目を果たしていた。その茶屋が大馬屋の発祥である。
鈴木氏が大馬屋の出自を調べたところ、草加市に江戸時代の屋号の記録が残されていた。店の歴史はあるが、一番古い歴史の店かどうかは戦災などで多くの記録が消失されて不明だそうである。

大馬屋がせんべいづくりをはじめたのは、伝馬で商売する時代の終わり頃。せんべいの生地の製造業者として販売を始めた。屋根瓦の上でせんべいの生地を天日干しする大正時代の写真も残っている。
先代からは焼き専門のせんべい店となり、鈴木氏はせんべい屋として3代目にあたる。現在は、長男の弘道氏が営業販売と配送、次男が工場長、三男が手焼き職人と、3兄弟で分担して運営している。兄弟でぶつかる時もあるが、3人で商売をすることのメリットのほうがはるかに大きいという。

大馬屋の焼き立てのお煎餅

焼き立てのお煎餅

大馬屋のおすすめのお煎餅「満点」

おすすめのお煎餅「満点」

◇せんべいの基本は「お醤油」

大馬屋の商品の種類は120点以上あるが、一番人気は「やっぱりお醤油」。割合としても7、8割を占める。
「昔ながらの、しょっぱい感じのおせんべい」が特徴で、割った醤油せんべいの断面を見るとしっかりと醤油が染み込んでいる。草加せんべいといえば隣県の千葉県野田市の醤油を使っているイメージが強いが、あえてその風味の個性を重視して栃木の醤油を選んで使っている。

醤油せんべい以外では、砂糖をまぶした甘しょっぱい「ざらめ」や、最近は「満点」という揚げせんべいも人気がある。
満点は、焼く前にこわれてしまった生地を醤油に染み込ませてコレステロールゼロのキャノーラ油で揚げたもの。店頭のサービスとしてお客さんにプレゼントをしていたが、人気となり商品化した。

手焼きについてもこだわりがある。
職人である三男は、草加駅前のアコス店でせんべいの手焼きを店頭で行う。手焼きせんべいの生地は、手焼き専用に用意された天日干しのもの。
手焼きは1日300枚から350枚くらいまでが限界で、素早く丁寧な箸さばきで一枚ずつ焼き上げていく。天日による生地の熟成乾燥によって米の風味の豊かさが増し、焼きたての香りもとてもよい。

大馬屋の店内・その1

大馬屋の店内(1)

大馬屋の店内・その2

大馬屋の店内(2)

大馬屋の店内・その3

大馬屋の店内(3)

◇伝統と看板をこれからの時代にも伝えていきたい

江戸の伝馬から、時代に合わせて変化してきた大馬屋だが、これからの草加せんべいはどうなるのだろうか。
草加せんべいは、草加市を代表する全国区のブランドである。地図上で市の位置はわからなくても「草加せんべい」の名は知っているという日本人も多い。しかし、柔らかで華やかなお菓子があふれる現代では、和菓子も含めて業界として苦戦しているのが現状だそう。
ブランド力はあり、いろいろと工夫して商品づくりをしてきたが、市内のせんべい屋が「内需」で賄えていたこともあり、「時代に合わせたやり方をなんとか考えていかないと」と大きな危機感も持つ。
そこで、2016年3月からは国境を越えて、ヨーロッパ最大の小売店であるカルフールのフランス現地での出品を開始し、常設の販売も行う。

「いまは伝統を残すのがとても難しい時代。伝統を残すためにも、変えられるところは変えていかないと衰退してしまいます。せんべい屋はこれまで個人経営でそれぞれがやってきたが、今後はせんべい屋同士の横のつながりも大切で、業界全体で草加せんべいのブランドの価値をさらに高める努力も必要になるだろう。」という。

江戸時代の伝馬からせんべいへ、生地卸から焼き専門へ、地産地消から海外へと、時代に合わせた変化で伝統を守ってきた大馬屋だからこそ、これからも草加せんべいの味を伝えたいという想いはとても強い。

大馬屋の店舗入口

大馬屋の店舗入口

大馬屋(おんまや)

<アコス店>
【住所】
 〒340-0015 埼玉県草加市高砂2-7-1 アコス南館1F
【電話】
 048-922-2461

<神明店>
【住所】
 〒340-0012 埼玉県草加市神明2-4-13
【電話】
 048-936-5557

<ホームページ>
 http://www.onmaya.co.jp/

◆豊田屋(とよだや)

こだわりの一枚でも大量生産品でも、一見どれも同じに見えるせんべい。しかし、同じ見た目でもその中身は確実に違う。
このせんべいの違いについて、豊田屋の3代目、豊田重治氏にお話しを伺った。

草加駅から東へ徒歩10分ほどの場所にある豊田屋のご主人、豊田重治氏は50年以上せんべいを作り続けている大ベテラン。
豊田屋は昭和7年(1932年)の創業で、先代までは生地卸(きじおろし)が中心だったが、現在は、豊田屋の後継者となる長男とともにせんべいの生地卸と店頭販売を営んでいる。

豊田屋の豊田重治氏

豊田重治氏

豊田屋のお煎餅の生地

お煎餅の生地

◇せんべいの「生地」

あまり聞き慣れない「生地卸」とは、焼く前のせんべいの生地を製造してせんべい屋さんに販売する仕事である。いわばラーメン屋さんにとっての製麺所のような立場で、さまざまな注文に合わせてサイズや原料を変えて生地を出荷するのだ。

東京にもせんべい屋は多いが、実は都内で生地からつくるせんべい屋は少ない。その多くがせんべいの生地を仕入れて店頭で焼くので、東京みやげのせんべいも、実は草加産の生地という可能性はある。

豊田氏の工場では、生地をつくるための設備が多くを占める。
洗米した米を粉にして、蒸して練り、薄く伸ばして、丸く型を抜き、乾燥させるといった一連の工程を行い、一枚一枚の白くて丸い生地が完成する。一つ一つの器具を見れば、せんべいが米でできているものと強く実感させられる。
この生地づくりで重要なのが、生地の乾燥で、乾燥し過ぎれば焼く前に割れてしまったり、せんべいの焼き上がりの硬さにも大きく影響したりする。季節や気温、湿度にも大きく左右される。出荷のタイミングや焼く頃合いを判断するのに豊田氏は生地同士を軽く叩いて音の変化を聴く。この乾燥の具合を正確に見極めようとすると、職人の経験と勘がどうしても必要になるそうだ。

豊田屋のお煎餅-1

豊田屋のお煎餅(1)

豊田屋のお煎餅-2

豊田屋のお煎餅(2)

豊田屋のお煎餅-3

豊田屋のお煎餅(3)

◇豊田屋の「硬いせんべい」

豊田屋で焼かれるせんべいの特徴はその硬さにある。
「硬いのが私の好みということもあって、硬いせんべいにしています」と豊田氏。品名にも「堅焼」と銘打っている。
せんべいが硬いと聞くと、食べづらいと思われそうだが、噛みづらいどころか、むしろ歯ごたえの心地よさを感じながら味を楽しめる程度の硬さと思ったほうがよい。

味付けは先代から変えず、キノエネ醤油(千葉県野田市)の醤油をベースに独自のブレンドを行う。日本人の嗜好の変化に合わせて昔よりは少し甘くなったそうだが、実際に食すと、ほどほどの厚みと噛みごたえのある食感、しっかりとした醤油の香りと米の旨味が口の中に広がる。
豊田屋で使う米は、年ごとに米の出来具合を見極めて選んでおり、現在は栃木のコシヒカリと山形産の「はえぬき」が多い。はえぬきは、知る人ぞ知る良味の米で、米の食味ランキングで特Aを長年取り続けている一品である。

草加せんべいに共通した特徴としては、味や香りだけではなく見た目もある。
草加せんべいを焼く際には、丸い「押瓦」(おしがわら)という押しごてを使う。いまでは押しごてのついた機械も使うが、いずれにせよ押瓦でせんべいが膨らまないように押さえつつ、平滑なせんべいになるように焼く。

豊田屋では創業から醤油をつけるのに刷毛を使っていたため、醤油をつける機械もブラシを使った専用のものを使う。いろんな醤油のつけ方があるが、「塗ったほうが、せんべいが一番きれいに見える」というこだわりもある。
お店での一番人気は、やはり醤油せんべい。そして、胡麻、あおさなどが続いている。

豊田屋の工場

豊田屋の工場

豊田屋のお煎餅の原料(お米)

お煎餅の原料(お米)

豊田屋のお煎餅の製造機

お煎餅の製造機

◇草加せんべいの命は「米」、品質は「いまが最高」

長年に渡りせんべいの生地をつくり、焼いてきた豊田氏。一番大変だったのは平成5年(1993年)の日本で起きた米不足だそう。
せんべいの原料は私たちが普段食べる米と同じうるち米を100パーセント使う。そのせんべいの命ともいえる米不足の際には、緊急輸入したタイ米の使用の要請もあった。しかし試しにつくってみたものの、せんべいとしては硬すぎて商品にはできず、原料供給で振り回されたことも多々あったという。

せんべいの種類にもよるが、一般的には国産米や外国産米、もち米やでんぷんなど、さまざまなものが原料として使われる。大手メーカーの質もかなり良くなってきたが、草加せんべいでは豊田屋のように国産の良質な素材が使われている。
味のごまかしがきかない分、原材料のコストや人の手間なども考えると、一見すると普通のお醤油のせんべいが実は一番高級になる。

「いまは草加市全体でせんべいの米は良いものを使っています。最高といっても言い過ぎではない。これ以上の煎餅はなかなかできません」
いまは柔らかい食べものが好まれるから硬いせんべいは人気がない、などといいつつも、豊田氏の言葉からはつくり手としての誇りも感じられる。

せんべいとは、米と醤油を味わうもの。シンプルさゆえに見過ごされがちな日本の食の本質が、一枚一枚のせんべいに込められている。

豊田屋の店舗入口

豊田屋の店舗入口

豊田屋(とよだや)

【住所】
 〒340-0016 埼玉県草加市中央1-6-21
【電話】
 048-922-2611

◆草加亀楽煎餅本舗

亀楽

亀は万年、楽しく生きるという理由から亀楽と名付ける。
200品目超を主力として草加市中心に店舗展開をしている。
「安全と天然素材の美味しさを追求してお客様に喜ばれる商品を提供する事、また、草加せんべいを世界的なマーケットに売り出すことが私の志」と沼口氏。食の安全に万全を期して、厳選された良質な米、何年も探した醤油で、現代の草加せんべいづくりに邁進している。
亀楽の煎餅作りにブレは必要ない。味への追求に答えは無いのだが、ものづくりとしての真心と味の統一化を計り、より美味しく食べていただくことをモットーにしている。
かつて中国へ行ったとき、道行くひとに片っ端から煎餅を配り歩いた。 食べてもらって、煎餅の美味さを伝えたい一心で。 「おいしい」その一言をきくために沼口氏は世界に目を向け、草加せんべいを広める活動を現在も継続中である。  







亀楽

また亀楽には草加市認定の「伝統産業技士」が6人おり、職人の隠れワザが光っている。職人が強力な炭火の上で箸を器用につかい、何度もひっくり返す。 小気味よい音が網から聞こえ、煎餅の香ばしい匂いが鼻孔に広がる。 押し瓦で押さえ、そして固める。それが職人技。
「地域貢献をしながら、もっと多くの心のつながりができたらいいと思っている。」沼口氏は最後にそう締めくくった。







亀楽

草加亀楽煎餅本舗
<ホームページ>http://www.sokakiraku.co.jp/
<所在地>〒340-0001 埼玉県草加市柿木町1129
<電話> TEL 048-936-1202

◆高瀬煎餅店

高瀬煎餅店

4代目高瀬一也氏。
 長男で生まれ、会社員としても働いていたが煎餅を伝えたい思いと家業を継ぐために戻り現在に至る。
 初代の高瀬大治氏が戦後まもなく、当時は煎餅の生地だけをおろしていたところ、自分たちでも焼いてみようと言う事になった。それを草加で販売し始めた。
 草加の煎餅の作り方はほぼ同じではあるが、違うのは醤油や米の質や味の工夫で変わってきている。
高瀬煎餅店ではコシヒカリを使っている。味の質や甘みが違うのと粘りが違っている。また他の煎餅と違うのは「風味」が違う。備長炭を使っての香ばしさが違う炭火手焼きにもこだわり、手法では煎餅の生地をギリギリまで見極めて焼きすぎない程度によく焼くのがうちのやりかた。それが他の店と違うところだと思っている。




高瀬煎餅店

うちの煎餅は個包装が無いのだけれど、その理由はどっさり入っているとお互いに風味の調和や水分を程よく吸収するようになっているから。
そうする事によって味の質が落ちるのを緩和している。でも本当は開けたらすぐに食べてほしいですけどね。
写真は高瀬煎餅おすすめの醤油炭火や手焼き煎餅 和食と同じように将来的に広がっていけばいいと思っている。  







高瀬煎餅店

高瀬煎餅店
<ホームページ>http://www.takase-senbei.com/
<所在地>〒340-0012 埼玉県草加市神明2-2-6
<電話> TEL 048-931-5401
<営業時間>9:00~19:30
<定 休 日>日曜日